もろQが長文をしたためる時に使用されるブログです。mixi日記も兼業しています。
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ディズニーに関するもろQなりの考察や小ネタをご紹介するこの「ディズニーの串刺し」シリーズ。
第1回、第2回と、マニアックで取っ付きにくい議題でスタートしたディズ串。
この反省を踏まえ、第3回ではいよいよメジャーなディズニーキャラクターを取り上げたネタをご紹介したいと思います。
さて、私もろQは日常生活において、自身がディズニーヲタクであることを包み隠さず公表しています。そういうこともあり、友人知人からディズニーについて質問されることがしばしばあります。
先日は、サークルの後輩からこんな質問をされました。
「なんでグーフィーは喋れるのに、プルートは無理なん?」
割と様々な場面で議論されるこの問題ですが(そうでもない?)、初期ディズニーアニメの根底に流れるある仮説に当てはめて考えれば、答えはすぐ出てきます。
『白けりゃ人間になれるよ説』(勝手に命名)
残念ながらこの仮説の引用元をたどることはできなかったのですが、なかなか信憑性がある説なので、ネット上にも結構出回っています。
この説によると、「白という色は清潔、文明の象徴であり、この色を身に付けているキャラクターは、動物でありながらも人間としての活動を行なうことができる」
● ●
|・ェ・)……うん。……ん?
ミッキーやミニー、グーフィーなどのキャラクターは、白い手袋をはめているのをご存知かと思います。要すに、
ディズニーアニメの世界では、白い手袋をはめているキャラクターは皆、ネズミや犬であっても、人間のような生活を送ることができる。
というわけなんですね。
ドナルドやデイジーなどのアヒルキャラたちは、手袋こそはめていないものの、白い羽毛を身にまとっているため、人間同様の暮らしができます。
逆に、プルートやチップ&デールなどの手袋をしていないキャラクターたちは、ペットとして飼われたり、木のうろでドングリを集めたりと、それぞれの動物種に見合った生活をしています。
というわけで、先の質問に話題を戻します。グーフィーが喋れて、プルートが喋れないのは、ディズニーアニメの世界において、
グーフィー →人間役 プルート →犬役
というルールが制定されているからなのです。
そもそもプルートというキャラクターは、他のキャラクターと比べて特殊な存在のように思います。
もちろん今も昔もプルートは、ディズニーになくてはならない重要なキャラクターですし、ミッキー、ミニー、ドナルド、グーフィーと並ぶファビュラス5(Fab 5)の一員でもあります。
しかし元をたどれば、彼はミッキーのペットなのです。
ミッキーの有する人間としての文明、例えば「車を運転すること」や「家を持つこと」と同じ位置に、「ペットを飼うこと」が含まれています。
ミッキーや他のキャラクターが「文明を利用する人間」の立場であるのに対し、プルートは「人間に利用される文明」の立場であるわけです。いわばプルートは、他のキャラクターとは相対する側の存在なのではないでしょうか。
とはいえ、ペットとは、車や家などと違って生命を持つ存在ですし、家畜などとは異なる愛玩動物であります。自分の家のペットを家族の一員とみなしているご家庭もたくさんあることでしょう。
従って、プルートを「人間に利用される文明」などと一言で片付けることも、まず不可能なのです。
……プルートファンの皆様に叱られそうな結論に至ってしまいました。ごめんなさい。こういう見方もできるな、というスタンスで読んで頂けると有り難いです。いや、僕もプルート好きですしね!
今回はこれで終わり。次回も引き続きディズニーキャラクターを題材にしたいと思います。手袋について深く取り上げますよ。
ありがとうございました。
コメントして下さる方へ:
ツイッターから来て頂いている方は、是非以下のボタンをクリックして返信してもらえると、有り難すぎてよだれ出ます。URLは全然消して頂いて構いません。
mixi及びその他のルートでお越しいただいている方は、当ブログのコメント欄、あるいはmixiボイスなどへお願い致します。
第1回、第2回と、マニアックで取っ付きにくい議題でスタートしたディズ串。
この反省を踏まえ、第3回ではいよいよメジャーなディズニーキャラクターを取り上げたネタをご紹介したいと思います。
さて、私もろQは日常生活において、自身がディズニーヲタクであることを包み隠さず公表しています。そういうこともあり、友人知人からディズニーについて質問されることがしばしばあります。
先日は、サークルの後輩からこんな質問をされました。
「なんでグーフィーは喋れるのに、プルートは無理なん?」
割と様々な場面で議論されるこの問題ですが(そうでもない?)、初期ディズニーアニメの根底に流れるある仮説に当てはめて考えれば、答えはすぐ出てきます。
『白けりゃ人間になれるよ説』(勝手に命名)
残念ながらこの仮説の引用元をたどることはできなかったのですが、なかなか信憑性がある説なので、ネット上にも結構出回っています。
この説によると、「白という色は清潔、文明の象徴であり、この色を身に付けているキャラクターは、動物でありながらも人間としての活動を行なうことができる」
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|・ェ・)……うん。……ん?
ミッキーやミニー、グーフィーなどのキャラクターは、白い手袋をはめているのをご存知かと思います。要すに、
ディズニーアニメの世界では、白い手袋をはめているキャラクターは皆、ネズミや犬であっても、人間のような生活を送ることができる。
というわけなんですね。
ドナルドやデイジーなどのアヒルキャラたちは、手袋こそはめていないものの、白い羽毛を身にまとっているため、人間同様の暮らしができます。
逆に、プルートやチップ&デールなどの手袋をしていないキャラクターたちは、ペットとして飼われたり、木のうろでドングリを集めたりと、それぞれの動物種に見合った生活をしています。
というわけで、先の質問に話題を戻します。グーフィーが喋れて、プルートが喋れないのは、ディズニーアニメの世界において、
グーフィー →人間役 プルート →犬役
というルールが制定されているからなのです。
そもそもプルートというキャラクターは、他のキャラクターと比べて特殊な存在のように思います。
もちろん今も昔もプルートは、ディズニーになくてはならない重要なキャラクターですし、ミッキー、ミニー、ドナルド、グーフィーと並ぶファビュラス5(Fab 5)の一員でもあります。
しかし元をたどれば、彼はミッキーのペットなのです。
ミッキーの有する人間としての文明、例えば「車を運転すること」や「家を持つこと」と同じ位置に、「ペットを飼うこと」が含まれています。
ミッキーや他のキャラクターが「文明を利用する人間」の立場であるのに対し、プルートは「人間に利用される文明」の立場であるわけです。いわばプルートは、他のキャラクターとは相対する側の存在なのではないでしょうか。
とはいえ、ペットとは、車や家などと違って生命を持つ存在ですし、家畜などとは異なる愛玩動物であります。自分の家のペットを家族の一員とみなしているご家庭もたくさんあることでしょう。
従って、プルートを「人間に利用される文明」などと一言で片付けることも、まず不可能なのです。
……プルートファンの皆様に叱られそうな結論に至ってしまいました。ごめんなさい。こういう見方もできるな、というスタンスで読んで頂けると有り難いです。いや、僕もプルート好きですしね!
今回はこれで終わり。次回も引き続きディズニーキャラクターを題材にしたいと思います。手袋について深く取り上げますよ。
ありがとうございました。
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